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2004年4月のコロンバス旅行記
2004年4月3日 : 出発
今回の旅行は成田発アトランタ直行便だったためデルタ航空を利用することになった。アトランタはデルタ航空の本拠地なので、空港に発着する半数以上の便がデルタ航空なのである。ノースウェスト、ユナイテッド、アメリカンなどなど他のアメリカの航空会社は大概第一ターミナルなのだがデルタは珍しく成田は第二ターミナルからの出発になる。
アトランタ便はそれほど便が多いとまではいかないためか、なかなかの混雑。今回は早めのチェックインを目指したので運良く最後尾の2列席をブックすることができた。長時間のフライトになるため、ミネラルウォーターを買い込み搭乗時間を待った。デルタ航空の長距離便で使用される飛行機はエコノミーでもプライベートモニター装置が付く。これはとても便利で映画などの選択が自分でできることがありがたい。共同スクリーンだと選べないばかりか見にくくて仕方無いからだ。
アトランタまでの飛行時間は12時間弱。帰りは13時間半もかかる大変な長旅になる。最も遠い地域の一つと言える。ニューヨークやワシントンDCと比べてもほぼ大差ない距離だ。太平洋便はどうしてもアリューシャン列島を北からアメリカ大陸に上陸するため南であればそれだけ遠くなるのだ。実際フライトルートは、カナダの西部からワシントン、アイダホ、ワイオミング・・・とアメリカ北西部から斜めに中南部へと向うのです。シアトルであれば到着している時間になってもあと数時間かかるのですから、これはもう本当に長い。今回は家内の妹が住んでいるジョージアへ家族全員での旅行だったのですが、何とか全員無事元気に目的地のアトランタ空港へ到着することができました。
到着
アトランタ空港は正式には、ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港と言います。定刻通りの到着です。入国審査は面倒なので家族全員分まとめて説明して簡単にパスしましたが、荷物がなかなか出てきません。更に税関は簡単だったのですが、この空港はメインターミナルまでの距離があって、もう一度荷物を預けてから、出る前に手荷物検査を受けなければならないのです。その後エア・トレインでメインターミナルへ移動。国際線はたいていターミナルEでの発着なので一番遠いのです。約10分の移動でメインターミナルに到着。その後再度荷物を受け取ってからようやく自由の身になったのです。結局到着から1時間以上もかかってしまいました。このように空港によって入国の流れが異なるので慣れないと戸惑うことも多いですね。事前に知っておくと何かと便利です。
アトランタからコロンバスへ
空港へは妹の旦那、つまり義弟が迎えに来ていました。彼は日本の武道が好きで仕事の傍ら武術の道場を運営しているのです。一時期横浜に住んでいたこともあり、日本語はたいてい理解できるので、両親にも安心です。さて、クルマでアトランタからコロンバスへ向います。アトランタはジョージア州の中央西寄りに位置しています。コロンバスはそこからインターステーツ・フリーウェイ85号線を南に下るのです。およそ40分くらいでフリーウェイは分岐し枝線の185号に入り暫く進むとコロンバスです。このフリーウェイ沿いの風景は今までに見たことのある西海岸や東海岸のそれとは違う、独特のものだったと印象に残っています。自然のスケールが大きいためかもしれませんが、ともすれば単調にも思える手付かずに見える自然の光景はアメリカの広さを感じさせてくれました。
コロンバス到着
こうして約1時間半のドライブの末目的地のコロンバスに辿りつくことができました。成田空港からはおよそ16時間の長旅です。妹の家は185号線をMacon Rdインターから下りてほど近くにありました。Macon Rdというのは単純明快ですが、その道がMaconまで続く道だからです。片側3車線の大きな道路です。妹一家との再会、子供たちは昼寝中で突然人が増えてやや驚き顔。飼い猫のシャムはロッカーに隠れていましたがとても人なつこく、すぐに慣れました。最近作ったパテオがこの家の一家団欒の場所。ハンモックまでお手製で作ってあるのです。裏庭は日本式庭園で池があります。道場に畳敷きと、本当にここがアメリカ南部?という風情ですが、レンガ作りの家はこの地方の典型。やや乾燥した空気に庭の木にリスがいるという自然たっぷりの素敵なところでした。
4月4日 : Historic District
この日は日曜。この一家はクリスチャンではないので教会には行きません。この日は市内を軽く案内して貰いました。まずMacon Rdから高級住宅街を一周し、オーガスタなどで見かけるような雰囲気の庭を持つ立派な建物が目を引きました。学校や公園も4月初旬でどんどん緑が濃くなっていく美しさに溢れる雰囲気でした。その後ダウンタウンに向います。市庁舎やオペラハウスなどを見ながらいわゆるHistoric Districtと呼ばれる区画に入りクルマを下りることにしました。ダウンタウンはチャタフチ川からすぐ東の地域で、その中でもフロント・アベニューとベテランズ・パークウェイ、そして4丁目〜9丁目の中間区域がHistoric Districtと呼ばれる、文字通り歴史的な建物が多く残る区域です。この一帯にはスペンサー・ハウス、コロンバス・コンベンション・センター、コカコーラ科学館などがあります。私たちはHeritage Parkという小さな歴史的なモニュメントが並ぶ公園に立ち寄りました。ここでは街がどのように発展していったのか、その一端をわずかですが垣間見ることができます。
コロンバス近郊エリア
コロンバスではその郊外エリアに2つの大きな特徴があります。その一つが高級住宅街であり、もう一つは巨大なショッピング・モール群です。この地域の地盤はとても安定しており地震がほとんどないことから、多くの住宅建造物は1900年代初頭に建てられたものだったり50年以上の歴史をもつといったものが多く近代的なビルはほとんど存在しません。郊外には広い敷地に美しく手入れが行き届いた庭、そしてレンガ造りをベースにした伝統的な建築スタイルの建物という高級住宅が多く立ち並ぶのです。もっとも住人の大半は白人であるということから、所得格差が未だに大きく存在していることも伺い知ることになります。ショッピングモールの規模はそれこそ巨大で、色々な種類の店舗が多く入ったモールが一つ、二つではなくあちこちに存在しているのです。数えただけでも2桁を超えるほどモールが目立ちました。クルマ社会のアメリカにはこうしたスタイルが完全に定着しています。日本でも公共交通機関が少ない地方都市ではターミナル駅周辺のいわゆるダウンタウンより、こうした郊外へと商業の中心は移動していますから自然な流れなのでしょうね。他方で閑散とした感じのダウンタウンが少し寂しく感じました。
4月5日 : リバーウォーク
リバーウォークはコロンバスの象徴の一つと言ってよいでしょう。ダウンタウンの縁、チャタフチ川沿いに続く遊歩道公園なのですが、よく周囲の風景と調和しており必要以上には人工的なにおいを感じさせないデザインです。私たち家族は午前中からこのリバーウォークへ出かけました。イーグル・フェニックス・ダムのすぐ南のあたりクルマを止め、そこから対岸のアラバマ州フェニックスやチャタフチ川の流れを楽しみました。大きな鴨が気持良さそうに泳いだり釣り人が大きな魚を釣り上げたり、まさに自然を満喫しています。ゆっくりと川を下るように土手沿いを歩くと、セントラル・ジョージア鉄道の鉄橋があります。この街は鉄道輸送も盛んで将来的にはアトランタとの間に通勤鉄道建設の話もあるようです。Amtrakはアトランタまではバスで接続しアトランタからは大陸横断列車に乗り継ぐことが可能です。子供たちはおおはしゃぎで遊歩道を駆け回ります。花を摘んでみたり、引込み線の線路に興味を持って線路沿いを走ってみたり。1時間をかけゆっくりとリバーウォークをそれこそ歩きながら楽しむことができました。Historic Districtでは鷲の親鳥が巣を守る姿にも遭遇しました。
この美しい公園の源であるチャタフチ川はブルーリッジ山脈の南端に源流があると言われます。標高約1500メートルあたりにある岩から染み出る清水が次第に大きな川へと姿を変えていくのです。そしてジョージア州・アラバマ州境を流れながら水量を増していきフロリダ州に入るとアパラチコラ川と名前を変えメキシコ湾に注ぎ込んでいるのです。
現在この川を巡りコロンバスとアトランタでは訴訟中だとのこと。それだけ恵をもたらしているということでしょう。アトランタの工業地域による水質悪化の保証問題だとか。しかしながら、汚染されているというレベルではなくまずは安心です。
4月6日 : フロリダ州セント・ジョージ島への旅行
この日は今回のコロンバス滞在時のハイライトとなったフロリダへの旅行です。レンタカーを1台借り2台でフロリダ北部のビーチへ向うのです。ジョージア州とフロリダ州は州境を接しているので、けして近いとは言えませんがなんとか自動車で行ける範囲です。目的地のセント・ジョージ島はチャタフチ川がフロリダに入ってアパラチコラ川と名前を変え最後にメキシコ湾に流れ込むあたりにできた細長い島です。恐らくアパラチコラ川が運ぶ土砂によってできた島でしょう。朝早く起きて一家全員を乗せた自家用車2台はアラバマのフェニックスに入るとUSハイウェイの431号線に乗ります。残念ながらインターステーツ・フリーウェイはコロンバスが南端なので一般国道を通るしかありません。しかし交通量はさほど多くないので、比較的スムーズに431号を下っていくことができました。
アラバマ
アラバマ州は貧乏州とよく言われますが、そのせいか、ところどころ対面通行の片側1車線の区間があったり舗装状態がよくなかったり、確かにジョージアとは状況が違います。景色も変化があり、大きなという言葉で片付けられないような規模の広い農場が続きます。5分以上も走らないとならない牧場や恐らくアルファルファ畑などなど。とにかくそのスケールには驚きます。農場に建てられた古ぼけた小屋は何か南部を扱う映画にでも出てきそうな、田舎の情景。そういえば、アラバマというカントリーソングのバンドがありましたが、そうした歌が合いそうな、そんな雰囲気を431号線に沿って走りながら味わうことができました。途中ユーフォーラ湖で休憩をし、ユーフォーラのまるでヘリテージ・タウンかと見まがう古い歴史を感じる町並みを過ぎると更にアラバマ東南部では比較的大きな街であるドーサンへ。
パナマ・シティ
ここで二度目の休憩がてらガソリンをチャージすると431号から231へと入っていきます。231号線を暫くすすむとフロリダ州に入りまた雰囲気が一変するのです。ドーサンから231号線を南東に向って進みます。出発から既に3時間以上が過ぎ一同疲れ気味です。フロリダに入り南国の香りが増したのですが、まだまだ海まで遠いといった感覚でみな海岸に辿りつくことを心待ちにしていたのです。しばらく「アトランタ&セント・アンドリュー・ベイ・レイルロード」の鉄道線と平走しながらとうとうパナマ・シティにはいりました。パナマ・シティの行き先表示板が見えてしばらく行くと231号は国道98号に突き当たります。そしてこの98号はずっとメキシコ湾沿いに走る海岸道路なのです。国道231号と98号の交差点は丁度パナマ・シティの中央付近に位置しています。98号線を左折するともうパナマ・シティ・ビーチが右手方向にチラチラと見え隠れします。まだ4月ですがさすがに南国ムードが漂いいやでもウキウキした気分になります。ロングポイントでは大きな橋を超え、完全にビーチに沿って走ることになります。ビーチ沿いに建てられているのは別荘でしょうか。カラフルな塗装と椰子の木が並びます。別荘はどれも波よけでしょうかいわゆる「高床式」で特徴があります。私たちの行く島はもっと先ですが、もうなにかフロリダ・ビーチに着いたような気分になります。やがて98号はサン・ブラス岬にかかると一端海岸からそれます。このあたりにはやたらとUSアーミー、USフォースなど軍設備が多いことが目立ちます。そんな設備を横目に再び海岸線と出会う頃にはようやく目的地がすぐそこのところまで辿り着いていたのです。
アパラチコラ
アパラチコラ市は文字通りアパラチコラ川の河口の小さなリゾート・タウンです。アパラチコラ川はチャタフチ川がフロリダに入って名前を変えた川で、インディアンの名前だそうです。源流がアパラチア山脈近くにあることも関係しているかもしれません。この街はその立地から完全なリゾートタウンで、多くの別荘が立ち並び中心部には土産物屋、レストランなどで賑わっています。人口は約2500人ですが鉄道も乗り入れています。(旅客の扱いはありません。)フロリダ北部で遊ぶ人が多く立ち寄る観光地がセント・ジョージ島へのゲートウェイとなるのです。私たちは島で過ごすための食材を大型スーパーで買い、この街の名物である牡蠣やその他のシーフード店で買い込んで最後のドライブとなります。
海上橋
アパラチコラからは2回海上にかかる橋を渡らなければいけません。最初は4マイルという驚く長さのアパラチコラ川河口を渡る橋。これだけ大きな川の河口だけにスケールが違います。渡り終わるとすぐに今度は右折し、いよいよこの橋が最後の橋です。メキシコ湾のかなたに水平線を見ながら再び長い海上橋を渡っていきます。最初は随分と遠くに見えていた島が次第に近づいてきます。約10分ほどで橋を渡りきって右手にSt.George Islandの看板が見えて到着です。長いドライブでしたがアラバマの田舎の風景からフロリダビーチまで色々と風景を楽しむことができました。
The island
島は東西に長い島です。橋は丁度真中あたりに位置していて、そのあたりはモーテルもしくは別荘街となっています。例によってカラフルな色合いで床が高くなっているコテージ風の別荘が並んでいます。リゾートといっても開発がやたらと進んでいるわけではないため、店も数店舗が橋のたもと中心に少し固まっている程度です。私たちが宿泊するバッカニア・インというモーテルは橋からほんのわずかの、島の中心にありました。この名前はカリブ海の海賊の名前からきたようですが、モーテルの中央の建物には海賊の絵柄が大きく描かれていました。本当はまず部屋でくつろぎたかったのですが、チェックイン時間よりも少し早く着いてしまったので、まずは一同で綺麗なビーチを見ることにしました。
ビーチ
まさに白浜と言ってよい綺麗な砂浜が目の前に広がっています。バッカニア・インは絶好のロケーションといえるでしょう。部屋から何秒もしないうちにフロリダの美しい海岸に出ることができるのです。この日はまだ4月上旬なのですが、既に気温は摂氏27℃。沖縄以上の暖かさでビーチでは若者が泳いでいます。この時期はまだ春休みなのだそうです。高校生らしいグループや大学生、そして私たちのような家族連れと既に夏休みかのような賑わいをみせています。驚くことにビーチにはゴミがまったく落ちていません。こうした点での分別はアメリカの方が日本よりはるかに上回っているのかもしれません。そしてゴミが少ないことでこの美しい砂が保たれているとも言えるでしょう。
バッカニア・イン
ビーチで、主に子供たちを遊ばせた後チェックイン時間となったのでようやく部屋に入れます。強い陽射しを浴びて大分疲れていました。部屋は75ドル〜145ドルまでと比較的利用しやすい料金設定です。高い部屋だとビーチに面していて階上のフロアとなります。キッチン付きですので自炊が可能です。レストランやバーもありますが大抵自炊する家族が多いようです。庭には小さなプールがあります。小さいながらもなかなか水深が深く子供たちを泳がせるのに苦労しました。多くの鴎たちがモーテルの周りを飛び交っていて、プールに人気がなくなると一斉に下りてきて水を飲んだりしていました。その日の夜は買い込んだシーフードのディナーを楽しみ澄んだ夜空にはオリオン座。あんなに細かな形まではっきり見たのは始めてかもしれません。日本で見ることのできない美しい夜空でした。
4月7日 : セント・ジョージ島
朝日
翌朝は私たちはみな早起きをしました。日本ではそう感じないのですが、一つの時間帯の中の西の端に位置するこのあたりは日の出時間が7時半と遅いのです。まだ幸い夜が明けていなかったので早速ビーチに出ると、同じように日の出を楽しもうと多くの観光客がビーチに集まっていました。犬の散歩を楽しむ人もいてまさにリゾート気分です。やがて薄明るかった空に紫色の光が差し、やがてオレンジ色から黄色へと変化していきます。雲がやや多いせいでかえって、複雑に変化する日の出の太陽を楽しむことができました。
州立公園
この島にはセントジョージ島州立公園があります。島の東半分が公園となっていて、もちろん別荘などを建てることができずほぼそのままの自然が維持されているのです。一説によれば砂浜には海がめが産卵に来るそうです。そうした自然維持のスタンスはアメリカでは明確です。立ち入ったりできる場所、できない場所をはっきりと区分けしているのです。そのおかげもあり、島の中でも綺麗であって欲しい場所は一切ゴミや吸殻は落ちていません。外でタバコを吸う人も喫煙所を利用しています。こうした点は日本人も見習うべき点でしょうね。朝食を済ませた私たちはまずこの公園に寄ることにしました。
牡蠣畑
公園の入り口でパーキング料金を何ドルか支払うと、まずは砂浜に立ち寄ります。昨日のモーテル前のビーチも綺麗でしたが、さすがに遊泳禁止のビーチは一段と美しい砂浜です。例によって子供たちが大喜びではしゃぎまわります。メキシコ湾にはその当時台風がいたため若干波がありましたが、水、そして砂浜、周囲の風景の美しさはすばらしいものでした。海岸を見てその砂浜を美しいと感じることは日本では日本海側などへ行かないとなかなかありません。今回のビーチは今まで見てきたビーチの中でもベスト3に入るような美しさだったと思います。その後少しだけ移動すると、今度は反対側の島と大陸の間に面している側にやってきます。ここは牡蠣の養殖を行っていて、砂浜のかわりに一面に牡蠣の殻が敷き詰められています。海洋側ではないため水面は穏やかです。澄んだ穏やかな海水がこの牡蠣の養殖に適しているのでしょう、牡蠣はこの付近の名物となっています。
砂
さらに公園内を東へ進むと、一見雪山?と見まがうような白い小さな丘が目につきます。これはアパラチコラ川から運ばれる砂が、海岸に吹き付ける強い風によって作り上げた砂の丘なのですが、砂の色があまりにも白いために雪?と思えたわけです。なかなか見ることができない珍しい光景に目を奪われました。
鴎
公園内の最東端にたどりつきました。ここでもクルマを下ります。相変わらずビーチが美しい。そしてアズマヤ周辺には多くの鴎がいます。人間が餌をくれると知っている様子で私たちの周りをグルグル周回しています。クラッカーを上に掲げて待っていると上手に飛んできてクラッカーだけを咥えていきます。それにしても上手に照準を合わせるもので、指に噛み付くことはありません。中には上手く狙えない鴎もいて、鴎にも世渡りの上手い・下手があるんだなぁと感じました。
帰路
この美しい、フロリダ州立セント・ジョージ島公園を堪能した私たちはそれから一路コロンバスへの帰途に付きます。レンタカーを一台夕方までに返さねばならないため時間との勝負です。アパラチコラで昼食を取り小さいながらも活気溢れるダウンタウンでのショッピングを楽しんだあとはひたすら北へ北へと向います。来た道を逆に98号をパナマ・シティへ、そして231号をドーサンへと向います。途中往路と比べ通行量が多かったせいかドーサンに着くまでに随分と時間を取られてしまい、あと3時間を切っていました。それでも431号はすいていたこともあり何とか夕方までにコロンバスに戻ることができました。
4月8日 : フラット・ロック・パーク
前にも書きましたがコロンバスにはとても多くのショッピングモールや朝市のようなマーケットが郊外エリアに存在しています。この日はまずそうしたマーケットに出かけ野菜やフルーツを買いに行きました。その帰りにコロンバス空港の脇からウォームスプリングスRdを通り大回りして変える途中でフラット・ロック・パークという公園に立ち寄りました。その名の通り大きな平らな岩がある自然公園で、中には日本流には池があって多くの動物がいるという素敵な公園です。公園の南の端には使われているとは思えない古い線路が通っていました。生憎前日に少し雨があったので、公園内のクリークは濁ってしまっていましたが、普段は清流が流れているそうです。キャンプやピクニックに最適な公園です。
4月9日 : ジョージア州立フロレンス・マリーナ公園
この日は義弟からワニを見よう!と言われ義父と3人だけでフロレンス・マリーナへ出かけました。最初はユーフォーラ湖と聞いていたのですが、ユーフォーラというのはアラバマ側の呼び方で、チャタフチ川がこのあたり一帯では湖化している、そんな水地にある州立公園なのです。この公園はキャンプ場やミニゴルフ、テニスコートなどのレクリエーション設備が整う素晴らしい公園です。朝早くでかけた私たちはさっそくアラバマ経由でユーフォーラ近くに向います。ものの40分足らずで公園に到着しましたが、その途中のハイウェイからは朝靄の中のチャタフチ川や広大な牧場を見ることができました。義弟はなんと、出かける折りに拳銃とレンジャーナイフを携帯しました。どんなところに行く?と思いましたがどうやら野犬や色々なケースを考えてこういう自然に行く時は銃は必須だとのこと、なにやら日本では想像しにくいことです。マリーナでボートを借りるのですが、まだ時間が早すぎたようで、付近にある別の公園に足を伸ばすことにしました。義弟は恐ろしく視力がいいので、次々に野生動物を見つけます。鹿だとか鷲や鷹。滅多にお目にかかれない野兎も自動車を止めそっと見ることができました。ルード・クリーク・パークはマリーナから10分程度の小さなキャンプ場です。自然林が茂っていて野生の鹿が住んでいるエリアをゆっくりと散歩しました。久し振りに緑に囲まれて澄んだ空気を吸ったという思いで心なしか清々しい気分になります。その後マリーナに戻って事務所でボート利用の手続きをしましたが、のんびりしたもので、担当者が一旦帰宅していて・・・などと言われそこから一時間も待たされてしまいました。
ようやく待望のボートです。義弟からは小さなとは聞いていましたが、手漕ぎボートにエンジンが付いただけという代物です。うーん大丈夫かな?とは思いましたが、思いのほかスピードが出ます。複雑に入り組んでいる川・湖を眺めながら進みます。風景はもう完全に手付かずの自然です。岸にもまるで人の手が入った様子がない原生林がおおい茂っています。時折クビの長い鳥が休息しています。いくつかの入り江を通り過ぎたあたりでエンジンを止めます。このあたりがワニが出るポイント?しかし、残念ながらここは水深が浅くてボートが引っ掛かり止ってしまいました。一瞬まずい?と思いましたがスクリューの角度を浅くして脱出し、更に奥へ進みます。そして今度こそ!そう約100メートル先の水面にテレビなどでよく見かけるあの獰猛な姿。静かに水面ギリギリを進んで獲物を狙っているようにも見えます。一匹だけではなく三匹いました。それぞれ形や色が違います。まさか自然のワニを目撃するとは、そこまでは想像していませんでした。
残念ながらモーターボートが来てしまい、ワニはやがて水面に隠れてしまいました。しかしその先を更に進むと鷲や鷺類、鴨、ガチョウなど多くの鳥類たちと出会うことができました。手付かずの自然の力はまさに素晴らしいものです。そして今度はワニがガチョウの子供を狙っているところに遭遇します。母鳥がけたたましく鳴いて必死にワニを追い払おうとしますが、忍耐強いワニは何日でも待つ構え。父親も水面を翼で叩いてワニと応戦します。この睨みあいもやはり人間が幕を引いたのです。ボートの音にワニは水面に消えていきました。しかし子供を守る親鳥の強さと生きていくためにはどれだけだって待つというワニの姿勢に自然の営みの凄さを感じ、人間の行為というのがひどくその場にそぐわないものという印象すら持ちました。
The Providence Canyon
ボートを降りた私たちはマリーナのピクニック・テーブルでランチを食べてから今度はすぐ近くにある「リトル・グランド・キャニオン」と呼ばれているジョージア州立プロビデンス・キャニオン公園に向いました。ほんの20分足らずの位置にあるこの渓谷はその名の通り一見するとあのグランド・キャニオンのように赤茶色した地層が複雑な形を構成している渓谷なのです。勿論リトルというように広さはさほど大きくはありませんが、それでも日本では想像もできないスケールです。驚いたことにここは1000年とかの長い年月ではなく、わずか150年の間に、農地の設営を失敗しどんどん土砂が地下水に取られることでできてしまったという、言わば人造のキャニオンなのです。私たちは丁度ハイウェイから綺麗にキャニオンの様子が見える場所で暫く景色を楽しみました。時間と体力があれば、歩いて渓谷を降りることもできますが、今回はさすがにほんの途中でやめてはおきました。その後ビジター・センターに寄ってここがどうやってできたのかなどを説明しているビデオやパネルを見てこの日の小旅行を終えました。
4月10日 : 帰国
こうして1週間のコロンバス滞在はあっという間に過ぎてしまいました。今まで訪れたことのあるどの場所とも異なる趣は十二分に私を楽しませてくれました。ここに住む妹一家の伸びやかな暮らしぶり、そして自然を満喫できる環境。大都市圏では得られないのんびりとした雰囲気。また来る約束をして仕事の関係で私だけが一足先に帰路につきました。アトランタまではシャトル・サービスがあり早朝なら1時間半程度でアトランタ空港に着きます。一人で帰る寂しさの中でチェックインを済ませ長い空路です。アトランタからの帰りは13時間半。気が遠くなりますがそれでも幸い機内がすいていたのでだいぶ楽でした。こうしてわずか一週間ですが多くの経験をすることができた今回の旅行が幕を閉じました。次の機会も訪れるでしょうが、再び雄大なスケールの自然を堪能できるに違いありません。
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